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令和七年七月二十八日 大般若会
 唐の三蔵法師玄奘が天竺に渡り やがて都長安に艱難辛苦の末もたらした膨大な教典を翻訳された600巻にも及ぶ教典を 転読といって風を起こすように扇状に読み上げ、その風に当たると一年間無病息災・安寧に過ごせるための神聖な行事です。
 是非ご参加いただき、健全な日々が送れるよう願いましょう。参加された方には万事安全の護符が授けられます


令和七年八月八日 施餓鬼会
 釈迦十大弟子の一人 阿難尊者がある時焔口餓鬼と出会い「おまえはあと七日で死ぬ」と言われ、驚いた阿難はその事を釈尊に話し どうすれば死なずに済むかとの教えを尋ねたところ 数多の餓鬼に食物を施せばおまえは死なずに済むと教えられ 百味供養を行い 無事命を救われたことが 現在行われている施餓鬼の元です。
 すなわち 施餓鬼を行う意味は衆生の無事と個人の長寿延命の法であります。
 私たちは その法を行じることがどれほど大切なことであるかを知りながら なおかつ、その良き方法をもってご先祖様の供養をすれば、なお一層ご先祖の供養も果たせるところから 施餓鬼に便乗させて 付け施餓鬼を行っています。すなわち あらゆる良い行い(因)は必ず良い結果(果)をもたらすものがお施餓鬼です。
 是非ご参加いただき 幸せで穏やかな日々が送れますよう、お祈りください。
参加された方には、守札をお授けいたします



第8回 4.3TAISHI 「和の精神を世界へ」 龍興寺 奉納揮毫

 令和7年4月3日 聖徳太子「十七条憲法」制定日、和プロジェクトTAISHI(代表 宮本 辰彦 氏)主催により、栃木県 下野市 龍興寺にて、ミャンマー大地震や石川県能登半島大地震、ウクライナ戦争 等にて被災されている皆様の「被災地復興」、「世界平和」、「被災地一切精霊の鎮魂」の祈りをこめて奉納揮毫が厳修されました。
 第8回目(龍興寺は3回目の参加)となる今回、例年参加されている高野山や比叡山、浅草寺をはじめ、新たに東本願寺や須磨寺、増上寺が参加され、全国一斉46か所にて奉納揮毫「和の精神を世界へ」の祈りが捧げられました。
 龍興寺では、僧書家・副住職 阿波 昊玄(建多)が担当し、聖徳太子「以和為貴」の大字書と、今年の干支である金色の「巳」字と「仏」の画を奉納揮毫し、「被災地復興」、「世界平和」、「被災地一切精霊の鎮魂」の祈りを届けさせていただきました。 合掌



令和七年三月十二日 二月堂修二会

 二月堂は、全国に東大寺と龍興寺の二ヶ寺のみで、毎年旧暦二月、現三月に修二会が行われます。特に、奈良時代に流行した疫病(天然痘)退散を、僧侶を含め悔過・懴悔(衆生の滅罪)のために始まりました。龍興寺では中日にあたる三月十二日のお水取り儀式を、古来は吉田ヶ池から、現在は中禅寺閼伽井屋から清水を汲み、二月堂本尊十一面観世音菩薩にお供えしております。

 

令和七年一月三日 新春大護摩供
 令和七年一月三日、大金堂(旧薬師寺小学校の体育館)にて龍興寺恒例の新春大護摩供が厳修され、和太鼓奏者の壱太郎氏による、大太鼓の演奏から始まり、僧侶達による加持祈祷が行われ、お檀家様の家内招福と開運吉祥をご祈願申し上げました。

 
今後も大金堂での新春大護摩供を厳修してまいりますので、どうぞご自由にご参拝ください。また、お札のお申込みを受け付けております。詳しくは龍興寺までお問い合わせください。

 

龍興寺のホームページへようこそ

栃木県下野市にある龍興寺は南都六宗、現在は真言宗智山派の寺院です。
JR宇都宮線自治医大駅よりタクシーで約5分、お車でお越しの場合は国道新4号線、道の駅しもつけの交差点地点と交通の便も大変良好です。

龍興寺は飛鳥時代白鳳八年(680)下野薬師寺の別院として開山し、奈良時代に聖武天皇の命を受けて三戒壇制定に尽力した鑑真和尚が天平宝字五年(761)、その別院に唐の揚州龍興寺の戒壇の法を移したことにより、名前が龍興寺となりました。龍興寺は鑑真和尚との関わりがとても深く、境内墓地の一角には鑑真和尚の供養墓があり、その前には鑑真和尚が使用した杖を墓印として立てた杖がそのまま大きくなったと伝承される菩提樹の大木がそびえ立っています。
また、境内には奈良時代の高僧、道鏡の墓と伝わる道鏡塚が残っています。

 


 

 

 

お知らせ

2025年01月11日
令和七年1月中の緊急募集
2025年01月11日
令和七年 新春大護摩供
2025年01月27日
新春大護摩供の動画を公開